お嬢様だからって黙っちゃいない
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 
 


今時のパーティーやレセプションというと、
大きなホテルや 広大な庭が自慢の料亭にてというイメージがあり、
公的なお立場の方の場合は、
迎賓館などを会場としてお使いになられる。
何と言っても、その道のプロが集結しており、
接客はもとより、プランニングからアクシデントへの対処まで、
すべてを任せ切ってしまえるその上、
都心 もしくは開発著しいウォーターフロントなど
交通も至便な処への立地と来て、
招かれた側にも負担が少ないところが好まれているよう、

  だけれども

これが生え抜きのセレブリティともなれば、
ご自宅にての おもてなしが デフォルトで。
大邸宅の広間や、あるいは自慢のお庭を開放し、
遠来の方へは どうぞ前乗りして下さいませと宿泊のための客間も提供。
場を和ませるための室内楽奏者も用意して、
有名著名な方々を大きに招いての宴を華々しく催される。
規模が大きい、格式が高いものであればあるほど、
会場の装飾、宴席に用いる食器やカトラリーの格式、
料理や酒肴の風味と質、管理・進行における品のよさなど、
どれへも並々ならぬ知識とセンスが求められ、
招待客への礼儀とは別に、場合によっては警備も必要。
そうまでの一大イベントを、持ち出しで全て不備なく主催出来るとなると、

 「ご本人に特別な意図はなくとも、各界への影響力は大きかろう。」
 「ですよねぇ。」

芸術家でも企業でも、
スポンサーになってもらえれば、もはや成功を約束されたようなものだろうし、
そこまでの支援はされずの単なるお声掛かりでも、
あの○○さんからのお覚えがあるなんてと一目置かれるのは間違いなくて。

 「揺るがぬ資産が物を言うというのもありましょうし、
  人的信用というか、人脈もまた広いのでしょうねぇ。」

テレビでしか見たことがないような政治家もいるようだし、
そんな要人が“これはお久しい”と
自分から歩み寄っていって挨拶するほどの御仁もおられる。
どっちが上座かという方程式ゲームをしようにも、
それが誰かが一般人にはもはや判らぬような大立者も居るようと来て、

 “これはもはや、別世界へののぞき見のようなものかも知れない。”

逆に言やぁ、のちのちも縁を持ち続ける身じゃあなし、
特に覚えておく必要もない世界でもあるのだろうなと、
そこはさすがに切れ者の征樹殿、
あっさりとそこへ帰着して、傍らにおいでの上司様をちらりと見やれば、
お顔を上げて真っ直ぐ前を見ているが、
さりとて何かに注目しているということもなく。
これほどの重厚な存在感は、下手に消してもわざとらしいと、
視線がくれば やや鷹揚な会釈を返しているようで。

 “…何か、こういう素振りは
  昔の勘兵衛様を彷彿とさせるのが不思議だよなぁ。”

誰に言っても信じるまいが、
自分にはこの身に生を受ける前の“生”の記憶がありありとあって、
そこでもこちらの壮年殿と、主従の関係にあった不思議さよ。
日本人にしては彫の深い、味のある面差しに、
壮年という世代とは思えぬ 屈強精悍な肢体も雄々しく。
そういった只者ではなかろう風貌と、
それ以上に只者ではない思考や機転と、
ついでに 武術・体術の冴えをもお持ちの軍師殿。
かつて共にいた世界では、
歴史的とも言えよう長く大きな戦さにおいて、
荒れに荒れた終盤までを共に戦った同じ部隊の軍人同士であり。
それも最前線に立っていた腕に覚えの練達…と言えば聞こえはいいが、
悪い言い方で捨て駒もいいところ。
真の終盤なぞ、その日その日の命つないで
ギリギリ過ごしていたような在様だったというに。
そんな乱戦のさなかにあっても、立ち止まることは一度としてなく。
作戦を寄越されれば どんな愚策でも陣営の一角をその身を賭して護り切り。
空艇の外へと身を置き、風を切るよに天穹へ躍り上がっては、
鋼の敵機を大太刀の一閃で斬り伏せ、薙ぎ倒し続けた彼の、
鬼のような強さと、躍動美あふるる立ち居とが、
威風堂々、それはそれは毅然としていて。
我らにはそれが、その勇姿が、
唯一にして至上の揮発剤となっていたようなもの。
どんな窮地でも、どんな潰走の殿(しんがり)でも、
この司令官の勇姿にあっては絶望なんて寄り付きもしなかった。

 “そんなお姿にあった威容を、この平和極まりない場で感じようとは…。”

自分の物差しも随分とハードルを下げたものだと、
苦笑をこぼしかかったところへ、

 「お待たせしました。」
 「……。」

クロークからこの広間までの間の長い廊下のそこここで、
それは多くの知人からの挨拶に引っ切りなしに捕まってしまった二人のお嬢様が、
やっとのこと、連れの殿方に追いついて。

 「まさか画壇関係のお人までおいでになっていようとは。」

本日の宴へ正式なご招待を受けたのは、
主幹であらせられる夫人の直接の顔馴染みで、
日頃からも可愛がっていただいている三木さんチのご令嬢なのだが、

 『脅迫状をガン無視して、
  そのパーティーへ運ぶつもりらしい、
  とある実業家のおやじさんがおるのだがな。』

ご当人は、何へ恥じるでもなく がむしゃらに働いて財を成したと大威張りだが、
今の地位に就くまでには、相当に色んな無体もやらかしていて。
自分は手を汚さずに人を黙らせる手先まで抱えているらしく、
その筋からの恨みも相当に負う身だってのに、
一向に自覚しないままの好き勝手、勘に任せての無手勝流を続けておいで。
今日のこの宴へも、
どんなコネがあったやら、そしてどんなコネを増やしたいやら、
伝手の伝手の伝手というよな縁を使っての乱入もどきというご来場で。
周囲は辟易気味だという話だが、

 『秘書殿や奥方、子息から護衛をと懇願されてはな。』

ボディガードもつけない傲岸ぶりなのを、それは案じていなさるそうだし、

 『〜〜〜〜。』
 『久蔵殿も、○○夫人が怪我でもされたら困るって。』

何でそんなややこしい奴の無理無体を許したかと、
夫人の秘書に一言文句を言ってやると、
珍しくも憤然としておいでの久蔵さんが、
判った、お主らも連れとして潜入する口利きをしてやると言ったその後に、

 『………はい?
  いやあの、それはいけませんて。/////////』

久蔵と共に七郎次も呼び出されたのは、
あまりに寡黙で、思うところを表情からしか示さぬことも多い
困ったお嬢様の通訳を兼ねてのことだったが。
そんな彼女が、勘兵衛らの潜入の手助けの条件としたのが、

 『私も一緒でないとダメだと…。/////////』

お揃いのセーラー服に、お揃いの金の髪と来て、
遠目には仲のいい姉妹のようにも見えかねない美人さん二人。
久蔵が隣に座る七郎次の腕へ自分の腕をからめて来て、
うんうんと頷く様子は、特にふざけているようには見えなかったものの、

 『…それは、どうしても必要か?』

勘兵衛があらためて訊いたのは、

 万が一にも何か起こったときに、
 大切な七郎次が巻き込まれぬよう案じたからだろうと

その場に居合わせた征樹も、問いただされた久蔵本人も、
話を後から聞いた平八も、揃って同じように感じたのに。

 『何ですよ、勘兵衛様。
  アタシが居ちゃあお邪魔だって言うんですか?』

他でもない七郎次が そんな風に解釈したのが、
意外といや意外で、

 『そうかなぁ。
  おシチちゃんだからこそ、ムッとしたんじゃないのかね。』

とは、良親さんの反応で。
引き合わせ役とはいえ、
久蔵殿はそのまま連れてくのに 何で自分はダメなのか。
騒ぎが起これば、久蔵にだって危険は及ぶ。
そこは守る気満々なのでしょう?
もしくは、こんなときだけ日頃の辣腕に期待しますか?
どっちにしても、
差別区別されたようで面白くない…と、
速攻でカチンと来たらしく。

 “久蔵さんがそうでなきゃあと条件としたのへは、
  そんな無理を言ってはいけないって態度だったくせにねぇ。”

他でもない勘兵衛様がそんな常套を口にしたのが、
見くびられたようで嫌だったんだろと、
どうやら良親さんの説が一番近かったらしい、十代の微妙なお嬢様。
今日は特別なお招きということで、
何なら一番の正装になろう振り袖で来たかったが、
主賓は久蔵でそのお供ということもあり、
初夏らしい深緑のツーピースを、
あまりシックにならぬよう、胸元にブローチをあしらって
それは愛らしく着こなしておいで。
ややタイトなシルエットのスカートが
サイドへバイカラーを取り入れた若々しいデザインだったのと、
つややかな金の髪を品のいい編み込みでまとめていたのが、
甘い面差しを優しく引き立てており。
父上の連れという格好でこういう場にも慣れてはいるようだが、
やっと追いつけた勘兵衛と視線が合うと、
たちまち ぽぽうと赤くなるのが何とも可憐。

 「シチ、可愛いvv」
 「やだもう、久蔵殿ったら。///////」

連れを言葉少なに揶揄する、主賓の側の久蔵殿もまた、
あちこちから視線を寄越される本日の花形で。
軽やかエアリーなくせっ毛の金髪に、
今日は珍しくも羽根で細工したコサージュを飾っており。
ウエストカットのジャケットとスカートというアンサンブルは
デザインもシンプルで、正青という大人しめな色合いだったが。
その下に着ておいでのパールシルクのブラウスは、
何重にも重なる波打つフリルが、
襟元からウエストまでを埋めていて何とも豪奢で。
やや力んだ印象の双眸に、きりりと引き締まった口許という
怖いくらい冴えた美貌の久蔵さんには、
存在感というバランスが丁度いいくらい。
そんなフェミニンな装いを意識し、
殊更に“いい子ですよ”と主張したがるほどに、
こちらのご夫人とは特に仲がいいのだとか。

 「ゆくぞ。」
 「あ、はい。お二人も付いて来て下さいな。」

お招きありがとうございますと、
主催である夫人へ挨拶に向かうまでが、久蔵さんのお務めで。
そこで、七郎次を友達だと引き合わせ、
こちらの二人は私たちの後見役ですと殿方二人を紹介すれば。
その後は、ちょっとした講堂ほどありそうな広間のどこへ紛れても、
有能な執事や使用人らには招待客と把握されており、
そうそう目立つことをしでかさぬ限り、不審者とは思われぬ。
それは瑞々しい麗しの美少女が二人も、
しずしずと歩みを運んで来たものだから。
周囲の方々も おやと目を見張りつつ道を空けて下さり、
人々の輪の真ん中におわした、品のいい初老のご夫人が、
まあと輝くような笑顔を向けて下さって。

 「お久し振りですね、久蔵さん。
  逢うごとに娘さんらしくなられて、
  ご両親はさぞかし鼻が高くておいででしょうに。」

淀みなく紡がれるお声は、
ちょっぴり愛嬌のあるトーンで寡黙な少女をそんな風に持ち上げて下さり。
家族まで愛おしんでくださるお言いようへ、

 「〜〜〜。///////」

口許たわませ含羞むだけの彼女となっても、
うんうんと微笑ましいというお顔でいなさる辺り。
最低限のお返事さえ出来ないときほど、
心から嬉しいと感じている久蔵だということ
ちゃんと判っておいでであるらしく。

 “出来るな、この奥様。”

こらこら、何をライバル心 煽られてますか、白百合様。(苦笑)

 「こちらのお嬢さんは? メールでお話ししてくれたお友達?」
 「…はい。草野七郎次さんといいます。///////」

いかんいかんと我に返った久蔵が、何とか紹介し、
七郎次自身も優雅な会釈をしつつ、

 「草野と申します。
  本日は三木さんのお誘いで参じました。
  不束な新参ですので、よろしくご鞭撻下さいませ。」

難しいご挨拶を頑張ったという口調で連ねれば、
おやおや愛しいお嬢さんねという眼差しを下さり。
その向背に立つ男衆二人もつつがなく紹介し終えると、
頼もしい方々ねと微笑んで下さってから、

 「お若いお嬢さんたちには退屈な場かも知れませんが、
  今時のお菓子も取り揃えてありますから、
  どうかゆっくりと楽しんで行って下さいね。」

子供相手と気を抜かず、
それは丁寧にお気遣い下さってのお言葉をかけられ、
久蔵へはすべらかな頬をいい子いい子と撫でてもくださり、
それでご挨拶は一応完了。
何しろ大勢の来客が詰め掛けてもいる宴、
主催の独占もまた失礼にあたるので、
それではと会釈をし、やや名残惜しげにそこから離れる。
久蔵さんは本気で名残惜しかったようで、

 『兵庫が来るまでは、よく遊んでくださった。』

お誕生日には欠かさずお人形を贈ってくださったし、
今日のようなパーティーへのお招きでは、
小さい子供は迷惑になろうと遠慮なぞしないでとクギを刺したうえで、
時には夫人のほうから歩み寄り、よくいらっしゃいましたとご挨拶くださったほど。

 「よって、この宴で騒ぎを起こすことは俺が許さんっ。」

テラスから緑あふるるお庭に出てすぐ、
きれいなこぶしを胸元でぐうに握って、
そんな決意を力強く表明してしまう令嬢もどうかと。(う〜ん)

 「そういえば、そのワンマンな社長さんとやらはどんな人ですの?」

私たちお顔を知りませんがと、
七郎次が此処までは同行して来た勘兵衛らを振り返れば、

 「知る必要はなかろう。」

特に恐持てなお顔にはならなんだが、
それでも ゆるゆるとかぶりを振るのみの勘兵衛であり、
征樹さんもまた小さく苦笑を見せただけ。

 「…何ですよ、それ。」

此処まで一緒だったのだ、教えてくれてもと言いかかる七郎次へ、

 「此処からは警察がマル対を護衛監視する“お務め”だから、
  部外者の二人はかかわってはいけないの。」

もっともらしいことをわざわざ説いて聞かせた征樹さんに続き、

 「今それを教えたら、
  そやつが護衛対象まで駆け寄って、一気に殴り飛ばしかねんからの。」

勘兵衛が視線で示した先では、

 「……あ。//////」

ぶんっと腕を振り抜いて、お馴染みの得物を手にしておいでのヒサコ様。
確かに、そんな面倒な奴自体を追い出せばいいのだとか、
強引なことさえやりかねない雰囲気ではあったので、

 「…判りました。久蔵殿を宥めつつ一緒におります。」

今回の場合、勘兵衛たちに任せた方が無難なのであって、
暴走するのはパーティーへも迷惑になるんだよと、
そこのところを説得するのが先らしいと、
さすがに七郎次にも道理は通じて。

 「ではな。」

一人でも納得させられたなら重畳と、
さっそく自分たちの任務へ向かうのか、
広間へ別々に戻って行った刑事さん二人であり。
まだ昼下がりという時間帯なせいか、
閑静なお屋敷町の中の広々とした庭園は
三々五々に人の姿はあっても それは静かな佇まい。
ちょっぴり陽が差しているのと、
夫人とのご挨拶や他の客人との談笑こそが目当ての顔触れには
広間から離れるのは得策ではないようで。

 “ま、こういうところにいる方が落ち着きますわね。”

こちらにも席は設けられてあり、
木陰のベンチへ腰掛ければ、
ウェイター姿の係の方がさりげなく歩み寄って来たので、
アイスティーを2ついただけませんかとお願いする。

 「こちらのアイスクリームは絶品だぞ?」
 「あら、そうですの?」

不意に口を開いた久蔵の言いようへ、係の方も柔らかく微笑まれたので、
じゃあそれもお願いしますと付け足して。
お顔を見合わせ くすすと笑えば、
物騒な使命感も多少は和らいだか、久蔵も肩から力を抜いたよう。
待たされることもなく、
飲み物とアイスクリームとが銀のトレイにて運ばれて。
ベンチと対になっているテーブルをセットされ、
ではと堪能にかかっておれば、

  ……………んん? と

金髪娘が二人とも、ほぼ同時に顔を上げ。
ちょっと急いでアイスを平らげると、
ベンチから立ち上がって背後のアジサイの茂みと向かい合う。

 「…だと思う?」
 「気配は。」

どうせなら、色んな恨みを買っているという
問題の脂ぎった、若しくは渋うちわのようだろう業突張りなおじさんを、
一発殴らせてやりたい衝動もなくはなかったが、(こらこら)
そうともなれば、彼女らが大切に思う人らにも少なからぬ迷惑が降りかねぬ。
それに、それが目的の不審者とも限らないわけで。
ひゅんっと、先程 繰り出した特殊警棒を
再び手のひらまですべり出させた久蔵なのを見。
七郎次の方は、数歩下がってやはりぶんっと腕を振り、
こちらはもう少し長いめの得物を しゃきかきと延ばして完成させると、
万が一にも久蔵から逃れたそのまま
広間へ飛び込まないよう、後衛を担って見せて。

 「誰だ。」

茂みへ向けての一喝に、それは鋭い声だったせいか、
びくくっと震えた反応もなかなかの素早さ。
左腕も振るい、もう1本の警棒をも構えると、
それは華やかな装いも顧みず、
ぐんと膝を落として“オン・ユアマーク”状態に入った久蔵。
そのまま、芝草をえぐるほどの踏み切りで加速を得、
結構な幅のある茂みの中へ突っ込めば、

 「わあっ!」

肩をぶたれたか、いかにも怪しい目出し帽の男が
立ち上がったところからガササとアジサイを掻き分けて
出て来ようとしかかったのへ、

 「どこへ行く気です。」

七郎次が長いポールを両手で構えて立ち塞がる。
ビリアードのキューよろしく、ぐいとしごいてから切っ先を向けたが、
構えていたのがそれは上品な装いの娘さんだったのを
大したことはなしと見下したものか、
ふんと息を付き、そのまま直進したものだから。

 「警告はしましたよ。」

七郎次の肩先に輪を描き、ぶんっと大きく回された切っ先、
そのまま天の位置で止まると容赦なく振り下ろされ、

 「くっ。」

慌てて横っ跳びに避けた先へ、
ぐるんと半分だけ回された手元側が、
風を切る素早さで繰り出されてくる手際の良さよ。
それは想定外だったか、
ばしんと向こう脛をひっぱたかれ、そのまま転げた男の背中へ、

 「天誅っ!」

茂みから追って来た久蔵が
片側だけでは不公平とでも思うたか、もう一方の肩を警棒で打って、
ぎゃっと呻いたそのまま人事不省になってしまった賊であり。
その手から、折り畳み式のナイフが転がったところで、
あっと七郎次が気づいたのだが、

 「……何か、この人が武装してなかったら、
  此処までやるのはやり過ぎだったかもしれないね。」

 「???」

そうかなぁ、でも、こんなアトラクション、
此処の夫人の趣味じゃないんだけどと、
あくまでも強気な久蔵殿だったそうでございまし。




     ◇◇◇



  さてとて

きゃあ怖い〜っという、約二人ほどには白々しく聞こえる悲鳴を受け、
何かへつまずいたか自滅したようですという不審な賊は、
たまたま居合わせた警察関係者が引っ括ってしまったものの。

 『おかしいんですよね。』

お屋敷周辺は、こちらのお宅の警備の方々は勿論のこと、
勘兵衛が声をかけて集めたという、警視庁の腕自慢な人員で固めており。
防犯カメラでの監視も怠りなく、
そんなこんなで山ほどの眸が見ていたというに、
不審な何者かが入り込んだなんて誰の眸にも留まらなんだという。
庭先から現れたというが、
そちらへ面す柵はそれは高くて道具もなくでは登れない。
母屋側から入って回り込んだならならで、
防犯カメラが増やされてあったのだ、柵越えすれば誰ぞの目に留まろうし、

 『…ちょっと待ってくださいな。』

広間に立っておられた配膳やお料理を運ぶ係だったお人が、
人垣の向こうから首を伸ばしてから、

 『その人のおズボンの腿あたりに、
  もしかして今日お出しした冷製のスープの染みがありませんか?』

遠慮がちながら、そうとお声を発したものだから、
おやまあと何だか妙な展開になって来て。

 『ええはい、立食形式となっておりましたが、
  夏のメニューとしてガスパチョもグラスで出しておりました。
  それをトマトの飲み物と思われたのか、
  予想しない風味だったのでと一口でやめられ、
  口許を拭った手を…。』

顔は怪しいニットの仮面で隠しているのに、
その言からいけば、着ていたはずの上着だって脱いだようなのに、
それでも体格や何やに見覚えがあった記憶力はおさすがで。

  差し出がましいかと思わなくもなかったけれど、
  当家のアイスクリームを褒めてくださったお嬢様を害そうとした人物、
  何てことをという腹立たしさが勝さってしまったんだって。

お手がらにあたろうことなのに、
お客様かも知れぬという人への疑心を見せたはちょっとマイナスかなと、
チーフ格の人から言われて、ご本人もそれはようよう判ってて、
あの後 数日ほど、
表向き“反省謹慎”というお休みを出されたそうなと征樹さんから聞いたけど。
久蔵さんがあらためて○○家の奥様に聞いたらば、
そのまま同じお務めに戻っているそうで、そちらへは安堵。

  ………で。

お客様として潜入したというその賊は、
目出し帽を脱がせれば、
何と…問題の護衛対象人物の息子さんだというではないか。

 「ちょっと待ってくださいな。
  確か、ワンマンな父だが護衛してくれって懇願したのは、」

 「うん。同じ人。」

一緒にやって来たんで、何の咎めもなく屋敷へも入れて、
警戒もされないままに行動出来てて。
それを利と見て、不審人物騒ぎだけ起こして
何とか逃げるつもりだったんだって。

 「……それって。」

何かよく判らないんですがと、眉間にコイルを巻いた平八だったのへ、
だろうねと、征樹さんが肩をすくめ、

 「脅迫までされているのに、
  そんなもん本当に何かしでかすもんかって無視して
  ガンガン行動するのをやめないお父さんでしょう?
  なので、本当に暴漢がすれすれまで迫ってたんだよって状況にして、
  少しでも怖じけてほしかったらしい。」

 「何ですか、そりゃ。」

人騒がせな。
出合い頭したのがシチさんと久蔵殿でなかったら、
掴み掛かられたり、2、3発殴られてたかも知れないのでしょう?

 「自分チを舞台にしてやんなさいと、
  言ってやったんでしょうね、佐伯さん。」

騒ぎの翌日の昼下がり、
甘味処『八百萬屋』で久蔵と待ち合わせ、
本来はご法度だろうに、事後報告にと騒動の顛末を語った佐伯巡査長、
ひなげしさんからの問いかけへ、たははと苦笑し、

 「親子ゲンカとなると、警察は干渉出来ないの。
  民事不介入って運びになるからねぇ。」

 「何ですて

何て腰の弱いと、テーブル叩いて立ち上がったお嬢さんなのへ、
丁度、蜜豆二つとトコロテンを運んで来ていた五郎兵衛が、
おやおやと苦笑したものの、

 「そんなところまでを話してくださるということは、
  もっと先があるのでござろう?」

他に客がいないではなかったけれど、
どこのお宅のどういう騒ぎかまでは判らぬように話していたし、
体格のいい五郎兵衛さんが脇に立ったことで防音壁効果も出るようで。

 「そこなんですよね。」

征樹さんがにんまり笑い、久蔵へ視線をやって、

 「そもそもそのおじさんは、
  あの屋敷のパーティーで何か有力なコネを拾う算段でいたらしかった。
  だってのに、身内がそんな騒ぎを起こした訳だから、
  どんな事情があろうとそんな人物と誰が縁を作ろうとする?」

夫人もきっぱりと、その息子さんこそ気の毒だと言い、
代替わりしたらお付き合いも考えていいとはっきり仰有ったものだから、

 「傲慢なおじさんは、少なくとも当分は、
  活躍目覚ましい有力どころとのお付き合いは敬遠されまくるだろうし、
  それへと便乗して手を切るところも多々あろうって
  誰かさんが言ってましてね。」

 「結婚屋だな。」
 「丹羽さんですね。」

何でそうそうはっきり判るかなと、
島田班の若頭が女子高生二人に妙な突っ込みを入れられていた同じ頃。

 「何だか、また騒ぎの元になっちゃいましたね。」

お屋敷での騒ぎ直後の実況検分などなどには、
未成年だし、顔をさらすのは後難があるかもということで
同座は控えなさいと、久蔵と共に別室に遠ざけられてた七郎次。
なので、こちらさんもまた、コトの顛末はまだ知らされてはなかったのだが、
またしても 自分と久蔵殿が、ついつい侵入者を張り倒してしまったこと、
すっかりと反省しておいで。
だって、わざわざお屋敷を訪ねて来られた警部補だったからで、
これはみっちりと叱られるのかなぁと、覚悟もしようというもので。
少し蒸すのでと、離れの四阿(あずまや)の引き戸を全部開け放ち、
ようよう涼める空間に仕立て、
濡れ縁のところをベンチ代わりにし、
年嵩な来客とお嬢様とが並んで腰掛けておいでだが。
せっかくの風流な拵えも、叱られちゃうんじゃ意味ないなぁなんて、
白百合さんがしょんもり肩を落としておれば、

 「こたびは、大人しくしておれなんだのもしょうがない。」

いい風だとネクタイをやや緩めつつ、勘兵衛はそうと告げ、
項垂れておいでの白皙の少女の横顔へ視線を向けると、

 「儂らのどちらかが、傍へ居残っておればよかったのだ。
  それを怠ったは、該当の騒ぎしか頭になかった迂闊さゆえ。」

怪我がなかったのは幸い、どれほど安堵したことかと、
やわらかく微笑ってくれたのが、何故だろか、七郎次には胸に痛い。

  “勘兵衛様…。”

何という希望を見るでないまま、
それでも鷹のような鋭さに冴えてのきりきりと。
感情の乗らぬ刃のような眼差しでしかいられなかった、
そんな かつての勘兵衛には、決して見られなかっただろう、
温みが宿った和んだ眼差しが。
今の七郎次には嬉しいやら切ないやらで、

 “当時の私は、
  あなたと共に在りたくて、
  このまま戦が続けばいいのにと
  罰当たりなことを思う刻もあったのに…。”

それだから この優しい穏やかなお顔、
永遠に見ることはかなわなかったのだなと。
今になって気づいている愚かさに、
まだ幼くて青い心が、
戦しか知らなんだ当時の自身から苛まれている哀しさよ。


  今から築き直せるものもありますよと、
  天からするりと降りて来たよな滑空で、
  二人の頭上に影差したツバメが、
  前を向きなと誘いをかけた、そんな初夏の昼下がり…。





    〜Fine〜  14.06.18.


  *何だかなぁという騒動でございましたね。
   下書きなしに書き始めたので、
   久蔵さんが珍しくも他所のご婦人に甘えるとことか
   書きたかったのが、見事に吹っ飛んじゃいました。
   実は兵庫さんがライバル視してる奥様だったりするんですよ。
   先で嫁にもらっても、
   何かあったら実家じゃなくてこちらへ帰る久蔵さんで、
   迎えに行きづらいったらない兵庫さんとか、
   そういうことばっか考えてしまうカップルです。

  *で、勘兵衛さんとシチさんの方も、
   ここんとこあんまり逢わせてないなと思って頑張りましたが、
   逢わせてなかったのでリハビリが要りそうなほどガッチガチです。
   他のお部屋で 派手にやらかしている
   “おいで〜vv”
   “うん、来ちゃったvv”という級の
   天然ラブラブを見習え、あんたら。

   (そういうのも書いてる このところです。)笑

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